アディダスワールド
ナイキヒストリー
アディダスのライバルでもあり、スニーカー界の巨人、ナイキです。アディダスと比べ、歴史の浅いメーカーです。
ブルーリボンスポーツ
adidasの宿敵、ナイキの創業者は二人。オレゴン大学の陸上中距離走者、フィリップ・ナイトと陸上部コーチのビル・バウワーマンです。彼らがナイキの前身である「ブルーリボンスポーツ」社を設立するのは1964年。意外に歴史は浅いんですね。このBRS社が何をしていたかというと、なんと「オニツカ・タイガー製靴会社(現アシックス)」からオニツカを輸入・販売をしていたそうです。彼らは日本製シューズに目をつけたのです。その後バウワーマン設計のオニツカタイガーなどの輸入販売をし、順調に事業を拡大していきました。
ヒット作、ワッフルトレーナー
さあ、ナイキの名作として、ナイキファンでなくとも知っているモデルがあります。それは「ワッフルトレーナー」です。あんまり有名じゃないかな?1972年にバウワーマンがワッフルの焼き型をヒントに自宅で開発した「ワッフルソール」を採用したモデルで、1974年に発売されました。この「ワッフルトレーナー」がベストセラーになり、BRS社は大きく成長します。
社名をナイキに
大きくなったBRS社は1978年に「ナイキ Inc」社に社名変更します。ナイキというのは、勝利の女神ニケ(ナイキ)の読みを変えたもの。社員の夢に出てきたものだそうです。(社名変更よりも前の1971年にナイキブランドとトレードマークのスウォッシュはできていました)
契約選手の活躍
その後のナイキ社の成長を支えたものは、2つあると言われています。
その1つは契約選手の活躍です。テニス界ではジョン・マッケンロー、バスケットボール界では、神様、マイケル・ジョーダン、ゴルフ界ではタイガー・ウッズ…などなど。数え上げればきりがありません。
エア・クッショニングシステム
2つ目は「エア・クッショニングシステム」です。1979年の「テイルウインド」に搭載されたシステムで、ソールに空気のクッションが入ったもの。このシステムが発表されてからナイキの快進撃が始まり?、1987年、そのエアが見えるようになった「ビジブル・エア」を搭載したエアマックスシリーズでその成長はピークに達しました。エアマックス95がもたらした社会現象は記憶に新しいでしょう。
Just Do It
このようにナイキはわずか30年あまりで世界トップのスポーツカンパニーに成長したのです。Just Do It。このスローガンはそのチャレンジ精神をあらわしているのです。
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